花枝の三味線ブログ

高知で三味線の演奏・指導をしている花枝のブログです

学校生活と三味線と運の良かった私

こんにちは、花枝です。

 

前回の記事で、三味線を習い始めた頃の私のことを少し振り返って書きました。

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改めて感じるのは、やはり成人以前の習い事は親の影響を受けるものなのだなということ。

今回はもうちょっと続いて、高校時代と弟子入りを決めるまでの経緯を書きたいと思います。

 

初めての三味線のお稽古は「かぞえうた」だった

初めて先生の自宅兼お稽古場にお邪魔したのが14歳の春でした。

一回目のお稽古は三味線の持ち方から始まり、ある程度三味線を鳴らしたら、早速三味線の採譜から入りました。

 

いきなり採譜?え?ハードル高くない?

 

…と、今は思いますが、その当時は自分の中に何の基準もなかったので、先生が言われるままに採譜をしました。

とはいえ、採譜とは言っても五線譜への採譜ではないです。

三味線の譜面は縦書きなので、縦書きのノートに数字と漢数字での採譜でした。

こちらをご覧ください。

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ひどい字の採譜ですが、これが一番最初の採譜でした。今はもうちょっとマシな字になっています。 

 

数曲の手習い曲の後、すぐに古典の曲に入った

その後数曲手習い曲という、短いレッスン曲を数曲こなしたら、すぐに古典の曲の練習に入りました。

一曲の長さが15分ぐらいある曲で、常磐津の「廓八景」(くるわはっけい)という曲から始まりました。

 

ですので、中学〜高校時代はほとんど

「これ、なんの役に立つんだろう?意味も全然分からんし」

と思う様な古典の曲を、とにかく何回も何曲も練習してこなしていました。

 

そして、先生は暗譜推奨派の先生でしたので、譜面を持って舞台に上がることは許されませんでした。特に学生時代が一番厳しかったように思うのですが、

「覚えるまで弾かないと、人前では演奏できない」

ということだったんだと思います。

ですので、たくさん覚えました。学校では授業中にノートを取りながら、同時に三味線の譜面を書き写していました。学校のテストより頑張って覚えていたと思います。

 

ただ、覚えた端からどんどん忘れていったので、それだけが残念です。

 

学生の頃は

「これに意味はあるのか?」

と思っても、なんとなく出来ちゃうことがすごく良いなと思います。

今は学生相手には、「今やっていることにはこういう意味があるんですよ〜」と話して取り組んでいることの意味を説明するようになりましたが、当時の私の先生はそんなことおかまいなし!(それが良かったんでしょうけど)

意味が分からなくても取り組めるって、すごい体力があったんだなあと思います。

 

受験とかもそうですよね。

なんで受験すんの?とか思いながら、その先の意味も自分で吟味しないけど取り組めちゃう。これって体力ないとできないよ……と今になると思います。

 

日本舞踊にする?三味線にする?

私が卒業後の進路を「弟子入り」に決めたのは、高校一年の冬でした。

 

その当時私は、5歳の頃から習っていた日本舞踊で名取(級とか段みたいなものだと考えてください)を取ろうかという話が持ち上がっていました。

ただ、日本舞踊の名取も、取得にはお金がかかります。

 

私の日本舞踊の先生と三味線の先生は別の先生なのですが、三味線の先生の見立てでは

「あなたは日本舞踊よりも三味線が向いていると思う。」

という話をされており、その場で弟子入りの道を提案されました。

これはその先生が三味線だけの先生ではなく、日本舞踊も教えていたため、私の日本舞踊の力量と三味線の力量とをよく見て考えておられたのだと思います。

 

私といえば、よく考えずに「じゃあ、三味線で弟子入りします!」と決めてしまいました。

 

焦る進路指導の先生!

これで焦るのは進路の先生でして、今までそんな進路は聞いたことがない!と言われました。

「せめて大学ぐらいは出たらどうだ?」

とも言われました。進路の先生として、優しい提案だったと思います。

ですが、私の様な中途半端な頭で入れる大学に行くぐらいなら、弟子入りしたほうがいい!(学費もかかるし!)と思い、弟子入りが決まりました。

 

まあちょっと思い返せば、大学ぐらいは出ておいても良かったかもしれません。

 

その当時の私は、人と同じことをするのが少し嫌でした。

進学や就職には全く興味が湧かず(今思うと、「え?なんでだ?」とむしろ自分に対して疑問しか浮かばないんですけど)、弟子入りも

「就職でも進学でもない…!なんか格好いいことだな、弟子入りは!」

ぐらいにしか考えてない…その場のノリと”人と違うことをしている”という高揚感で決めてしまった感じもあります。

 

でもまあ、それぐらいの能天気さが最終的には良かったんだろうと思います。

 

今振り返ると先生の提案はぶっ飛んでた

当時三味線の先生が出してくれた「弟子入り」という提案は、今振り返るとものすごくぶっ飛んだ提案、かつ誰にでもできる提案じゃあなかったな…と思います。

 

同じ様なことをはてさて、その当時の先生の年齢になった私が18歳の高校生にできるかな?…と考えても、多分できないと思います。

 

まず、自分がその道で食えていないと、オススメできません。

そして、弟子入りできる先生を知らないと、オススメできません。

ついでに、弟子入りするほどの親しさや交友関係がないと、弟子入りすらさせてあげられません。

最後に、弟子入りのメリットを知らないと、オススメできません。

 

弟子入りを提案の一つとして挙げられるというのは、その先生が持っている「力」によるものだったのだなあと、今になって思います。

 

 

ついでに親の懐の深さにも恐れ入る

今の時代は、ご両親がご子息ご令嬢の進路をとても心配されるようですね!

 

私がもう一つ運営しているブログでCRプログラムというアメリカのディズニーで一年間働けるプログラムの紹介をしているのですが、これに参加するのにも

「親が進路を心配していて、帰国後の進路が決まっていないと許可がもらえない。」

と、そのプログラムの受験生から聞いたことがありました。

 

少なくとも私はその受験生のご両親の元で育っていたら、弟子入りはできなかったと思います。

 

だってなんの保証もないんでっせ?

就職斡旋があるわけでもないし、学位が取れるわけでもないし!

 

私の両親は

「まあ、女だから大学を出ていなくてもなんとかなるだろう!

それに今からの時代、女ならなおさら手に職つけることが最優先だよね!」

と思っていたらしいです。

 

まとめ:弟子入りできたのは運が良かったからだ!

「弟子入りしていました。」

というと、十中八九

「すごいですね!」

「え?なんでですか?」

と返されます。

 

でも、よく分かりました。私は覚悟があったわけでも、すごいわけでもない。当時のことを改めて振り返って、よく分かりました。すごいのは先生や両親などの私の周りの方々。私じゃないです。

なんでですか?と聞かれても「何も考えてなかったからです。」というのが精一杯です。私は運が良かっただけです。

 

 

私の大好きな立川志の輔の落語「死神」で、最初のマクラに話す

「なんかよく分からないけど、ツイている奴がいる」

という話があります。

 


名作落語109 立川志の輔 死神

 

こういう人、いるんですよね。いるんですよ。ツイてる奴って嫌な感じですよね、本当!

 

でも私の弟子入りは深い意味は何もなくて、周りの環境も含め「ツイてた」結果だと思います。

 

(ちなみに立川志の輔さんは大好きな落語家の一人。喋り方が立川志の輔に似るぐらい、一時期はそればかり聞いていました。)

 

★前回のお話

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