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花の枝にもちりとてちん 〜三味線ブログ〜

三味線の師匠がイラストを描いたり三味線について語ったり様々な趣味に走っているブログです

一年前の私来年の今頃港で演奏していると知ったらどんな顔をするだろう

仕事 仕事-演奏

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こんにちは、花枝です。

 

今日はタイトルの通りなのですが…

ちょうど去年の今頃日本に帰国していたので、一年前の自分がこのブログ見たら驚くかもしれないなあ…と思って書いてます。

 

帰国後のことを考えるとちょっと怖かった

アメリカのディズニーで一年間働いていた私は、「まだ日本に帰りたくないなあ…。」と思っていました。

それはとっても分かりやすい理由で、アメリカでの生活やディズニーでの仕事が大好きだったからです。しかも余暇時間に三味線も教えれていて、演奏でも喜んでもらえている…このままアメリカに住めたらいいな…とか考えていました。

冷静に考えてみるとそれもそれで大変だし、実際アメリカに長く住まれているお弟子さんに話を聞いても

「いや〜先生、こっちもこっちで大変よ!日本がいいわよ!」

と仰います。

 

大変なのは分かっているけど、あともう何年か住めないかな〜?と思ってグリーンカードのことを調べたり、弁護士を通じてグリーンカードを取得した知り合いに話を聞いたり、実際永住権が取れたら仕事はあるのか?ということを雇用主に聞いたりしていました。(実際、仕事はありました。)

ですが、結局具体的な手立てがないまま帰る時が来てしまい、ニューオーリンズからラスベガス経由で日本に帰りました。

 

日本に帰ったらまた息苦しい世界が待っている?

「アメリカでの仕事や生活が楽しかったから」

というのが、日本に帰りたくないというポジティブな理由になったとしたら、ネガティブな日本に帰りたくなかった理由ももちろんあります。

それは

「日本に帰るとまた伝統芸能の息苦しい世界に戻らなくちゃいけないのか〜!」

ということでした。

 

日本の伝統芸能の世界…というよりも、いろんな業種に言えることだと思うのですが、日本にはまだまだ保守的な考えが残っています。もちろん様々な組織があるので一概にこうだとは言えませんが、新しいことを始めようとするとさりげなく反対されたり、自分を押し殺すことが大手を振って推奨されている世界です。*1

私はそんな厳しい伝統芸能の世界でも割と自由にいろいろやっていた方だと思いますし、やらせてもらっていたと思います。それでも、自分と三味線の程よい距離感のようなものが掴めなくて悩んでいた時期があります。

帰国後は

「どうやったら三味線を長く続けられるだろう?」

ということを考えていました。

 

やりたいことやるって”業”みたいなもんなのかも

色々な方からは「花枝さんは自分のやりたいことがあるから、いいじゃん!恵まれているよ!」と言われます。いや、もうまったくその通りだと思います。

三味線という分かりやすい指標があるので、すごく贅沢な悩みのように聞こえるかもしれませんが…。私も三味線が嫌で嫌でしょうがなかった時期もあります。というか、そんな時期の方が長かったと思います。

 

「なんで自分はこれしか戦えるものがないんだろう…。」

「こんなことなら適当な大学とか行って大卒という肩書きぐらい取れば良かった…。」

と、思いましたけれど、でも、辞められない。何というか、もうここまでくると三味線ってもしかしたら”自分の業のようなもの”なのかもしれないな…と思います。

 

意地で続けているわけではないですし、やめたきゃ辞めればいいとも思います。でも出来ないなって思う。すごく分かりやすい理解を自分の中でするとするなら、”業”だと思いました。

嫌な面もあるけれど、いい面もある…それがないと自分が自分でないような気がするし、今日までの自分はそれが創りあげてくれたような…いつでも近くにいたようなもの…

そんなものが、おそらく誰にもあるんだと思います。それが私の場合三味線だった、三味線だったと気づいたのかもしれません。

 

業との正しい付き合い方

とにかく長く”業”と付き合うのは、大切なのは距離感だと思います。”業”と楽しく付き合うって、変な言い方ですけど。

あとは、私の中に

「長く続けたい」

という目標のようなものがありました。ですから、頑張り過ぎても長く続かない(実際一度それで潰れていますし)、サボりすぎない程度に自分が飽きない程度に続けるにはどうしたらいいだろうかな?と考えました。

その方法の一つに、こうして文で表現することがあると思いますし、絵を描くことも、指導することも、演奏することも三味線との付き合い方なんだなと思っています。

 

自分を受け入れる必要があった

そうやって自分で納得して三味線の道に進むには、まずやはり自分を受け入れるということも大切な工程の一つだったと思います。出来ないことを嘆くよりも、出来ることを伸ばしていった方がいい、そういうシンプルなことを自分の体当たりから学んでいけたと思います。

もちろん、今もその途中であることには変わりないのですけれど。

 

アメリカのディズニーで働いていた経験、いえ、それよりももっと前に出会ったこと、色々な経験や知り合った人、読んだ漫画や本、映画、ドラマ…

その様々な要因や出来事が最終的な結論をこう出してくれました。

「やりたいようにやってみなはれ。誰も見てやしませんし。」

 

今の結果はダメもとの積み重ね

帰国後の活動はこのブログにもたまに書いている通りなのですが、幸いにも三味線教室の生徒さんがいたり、イベント演奏に呼んでいただいたり、クルーズの歓迎演奏をしたり、外国人観光客に三味線を体験してもらったり、たまに文章を書いたりしています。

 

これらの活動のほとんどが「ダメもと」でやってみたことの積み重ね。ほとんど自分から企画を考えていわゆる広報活動をやった結果なので、断られることもありましたし、未だに音沙汰ない結果のもあります。一回きりで続かなかったこともあります。

結局たまたま運がよかったから、今幾つか仕事が受けられているだけなんでしょうし、いつまで続くか分かりません。

 

それでも今現在楽しく三味線と向き合えているのは、今は自分の中で自分の選択肢に納得しているからじゃないのかなと思います。自分の”業”の落とし所を見定めて、あがいている最中なんだと思います。

 

ちなみにアルカディア寄港時に演奏しました

トップの写真ですが、高知新港にアルカディアが寄港しました。その時に文化交流スペースで演奏させていただきました! 

*1:これに関しては良い面も悪い面もあると思うので、自分を押し殺すことや年長者の意見を大切にすることに意味はない!!!!とは思いません。