読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

花の枝にもちりとてちん 〜三味線ブログ〜

土佐の高知で三味線の演奏・指導をしている花枝のブログです

他人の物差しで自分を計るのはやめよう!「日本人 失格」読書感想

読書感想 雑記

こんにちは、hanaeです。

 

今回は田村淳さんの「日本人 失格」を読みましたので、そちらの感想を書きます。

日本人失格 (集英社新書)

日本人失格 (集英社新書)

 

 

あれ?今の日本…なんだか息苦しくない?

タイトルが覚えやすいというか、インパクトの強いこちらの本「日本人 失格」

タイトルのインパクトと著者である田村淳さんの発言のイメージから、「言いたいこと言い放題な内容なのかな?」と思われるかもしれませんが、ざっくり説明すると

 

自分の生き方は自分で決めよう!今の日本は息苦しくて居辛いかもしれないけど…この世界の片隅で輝いていこうぜ…!

 

という本です。

すみません、一昨日観た映画のタイトルがちょこっと紛れ込んでいますね…。

 

きっかけはブログ記事から!

この本はid:dagashi29さんの「駄菓子、文字を書く」というブログから知りました。

dagashi929.hatenablog.jp

この書評の中と著書の中で、ピースの綾部さんがアメリカN.Y. に単身渡米する話が紹介されており、駄菓子さんも淳さんも綾部さんの行動を応援していました。

実は私も綾部さんの行動は「勇気あるなあー!」と思って、ブログでも少し書いたことがあります。

 

”いい子ちゃん”をたくさん作るのが日本の教育?

この本の中で淳さんは、今の日本の教育が画一化された「いい子」しか作らない、教師や教育環境に「あそびや余裕」がある人がいないことを指摘しています。

 

今の先生たちって自分に自信が持てないせいで、子供らにいろんな道を示してあげる前に、波風立てないような、子供達の冒険心を削ぐような、画一的な授業や指導しかできないんじゃないかと思う。

(中略)

問題が起こらなそうな道を提示しておけば余計な気苦労のしなくて済むし、子供たちを把握しやすくなると勘違いしているのかもしれない。

結果、先ほども言ったように、子供たちは”均一化された、いい子ちゃん”に育っていく。

 

そうやって育ったいい子ちゃんがまた教師となり…これはもう負のスパイラルですね。

先生だって生徒と一緒に失敗したり成長すればいいし、先生自らが新しい挑戦や取り組みをしている姿を見せればいいですよね。アップデートされない指導者にはなんの魅力も感じないと思います。(子供だってバカじゃないから、見抜くと思います。)

 

”いい子ちゃん”として社会に出た”大人いい子ちゃん”の行き先は?

この話はまだ続きがあります。

 

自ら何かを発想する、新しいことにチャレンジする楽しさを知らずに高校や大学を卒業してしまい、均一化された社会人が誕生してしまう。いわばスーパーマーケットに並ぶ、均一のパックに納められた卵のような連中が社会に出荷されていくわけだ。

また企業もパックに納まりきらない規格外の卵は採用しない。

 

おそらく「何かに挑戦する人たちを非難する人たち」がこの”パックに収まっていたいい子ちゃん”なのではないかな…と思います。

いい子ちゃんは自分で飛び立つ術を知りませんし、考えたこともありません。やろうと思っても、周りの目が怖くて、失敗する自分を見られるのが恥ずかしくて出来ない。

だから手っ取り早く「人の挑戦」を非難する。自分ができなかった言い訳を非難の言葉でぶつけているだけなんだと思います。

 

一隅を照らす生き方は”個”を見つけることから

淳さんはこの本で「一隅を照らす」という最澄*1の言葉を引用されています。

 

ちなみに僕的な「一隅を照らす」の解釈はこうだ。

まずは自分が”何者”であるかを知ること。

(中略)

ここでいう”何者”は、自分が何が好きか嫌いか、どういうことに感動するか、泣くか…

とにかく自分がどんな人間かを、良いところ悪いところ、丸めて認識することだ。

そしてその中でも、ぜったに変えたくない、譲れない自分の”核”みたいなものをはっきりさせる

 

この「自分が何者か?」という問いかけから自分の”個”を探し、それを磨くこと。自分のやりたいこと、やらなければいけないことから目をそらさず、必死に取り組む…それが次第に「一隅を照らす」ことにつながるのだそうです。

 

自分のことに一生懸命になれば他人のことは気にならなくなる

自分を見つけることはすごく時間がかかりますし、孤独な取り組みです。ついつい楽しい方に逃げてしまいたいですし、居心地のいいところにいたい。結局、一見楽そうな他人の物差しで生きてしまう。他人の物差しは自分で考えなくてもいいから。でも、他人の物差しで生きるのは結局息苦しい…。

 

私はアメリカにいた一年間で「自分って何?」ということを考えました。自分が何に対して喜びや嬉しさを感じるか?悲しさや辛さは何で感じるの?ということを改めて自身に問いかけるのはとても大切なことだと思います。

それで自分がちゃんと見つかった訳ではないけれど…随分と生きやすくはなりました。

 

心が去ると書いて「怯」

…心が去ると書いて怯む…。何と的確な意味を表した漢字なのでしょうか。

この世界には誰かの情熱の心を去らせるようなことがたくさんあります。避難されたり、無視されたり、けなされたり、突然の暴力にあったり…。

そんな世界で怯まずに強く生きていけたらどんなにいいでしょうか。

 

この本は怯まない生き方を淳さんが実践している、体験記です。ハウツー本ではなく、いままさに淳さんの生き様を記した本だと思います。自分の背中を見せて、見えない誰かにエールを送っている本です。

 

日本人失格 (集英社新書)

日本人失格 (集英社新書)

 

 

*1:天台宗の開祖である平安時代の僧。