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花の枝にもちりとてちん 〜三味線ブログ〜

三味線の師匠がイラストを描いたり三味線について語ったり様々な趣味に走っているブログです

自己紹介【2017年3月24日追記】

はじめまして

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こんにちは、花枝です。

ここでは管理人である私「キリューイン花枝」と、このブログ「花の枝にもちりとてちん」について話します。

これとは別に、アメリカのディズニーで働いていた時のブログも運営しています。→火曜の夜にバスを待つ

  

およそ10分ぐらいで読めます。

最終更新日:2017年3月24日

花枝の概要

高知県在住。三味線・小唄演奏、および指導をしております。

三味線は色々と種類がありますが、私は

  • 小唄(田村派)
  • 常磐津節

の二つ流派で師範を取っております。

 

指導は三味線教室での指導、教育機関への三味線指導などを行っております。不定期ですが、国際交流のための三味線指導の仕事を受けたりもしています。

演奏は主に高知県内のイベントにて演奏の仕事を頂いております。

 

伝統芸能と三味線の人生だよ

私について話します。

各年代ごとに話すと長くなるので、ここではかいつまんで紹介する程度にしておきます。

 

*学生時代(中学・高校時代)

私は5歳の頃から日本舞踊(坂東流)と茶道(表千家)を習っていました。

今主軸になっている三味線は実は一番始めたのが遅く、14歳の時に始めました。まさに中二全開だった私は、絵を描くか三味線を弾くかのどれかしかしないという非常に偏った青春時代を送りました。

 

三味線で専攻していたのは、常磐津節と小唄(田村流)です。地元の民謡もやっていました。

 

*弟子入り時代(18歳〜21歳ぐらい)

高校卒業後は、大阪にて3年半ほど三味線の勉強をします。

大変高尚なお師匠様に弟子入りするものの、大変厳しい伝統芸能の世界に何度も精神をラリアットされるような衝撃を受けました。

 

あまりにも自分のやっている三味線の世界に未来が見出せなかったこと、そして自分自身も三味線に対する情熱が消えかかっていたので、タイへ家出しました。1ヶ月ほど行方をくらませて、これからの三味線のことを考えました。

 

*20代前半

その後、地元に戻ってからは三味線から少し距離を置きました。半年ほど経って料亭で三味線を弾く仕事を頂いてから、また三味線の世界に戻ります。22歳で三味線の師範になり、教室も持つようになりました。

 

それでもまだ伝統芸能の世界が持つ独特な上下関係や人間関係に悩みました。自分自身がそのような世界で生きるのが苦しく、「どうして自分はこんなに馴染めないんだろう…。」と悩んでいました。

その頃、三味線の世界で鬱々とした気持ちを少しでも和らげようと、文章を書くことを始めます。それは地元新聞への当初でした。2ヶ月に1回ほどの割合で掲載してもらい、掲載時に送られる薄謝の図書カードがとても嬉しく、使わずに大切に貯めておきました。

 

この頃から、文章で自分を表現することに興味を持つようになってきました。

(それと同時に、地元新聞の主催の一コママンガでも年間優秀賞を頂き、同時にイラストで誰かに喜んでもらえる…!ということにも目覚めてきました。)

 

*20代後半

伝統芸能の世界の人間関係に悩みながらも、新しいことに挑戦する心は常に持ち続けていました。

というよりも、ここまで人間関係の構築が下手なら、自分で何かを新しく立ち上げて挑戦し続けて行くしかない!と思ったのです…。

 

私自身が”海外”というフィールドにあまり抵抗がないこと、そして何より「三味線が出来る!」ということを武器に、20代後半は色々なことに挑戦しました。

 

まず、2012年に内閣府の国際交流事業「世界青年の船」の選抜に合格し、日本代表青年として参加します。この時に初めて船でインドとスリランカに訪れます。

 そして2015年はアメリカのフロリダ州にあるウォルト・ディズニー・ワールドで働くCRプログラムに合格し、1年間働きました。

その時の様子を書いたブログがこちらです。

 

www.hanae-cr.com

 

どちらも決して易しい選抜ではありませんでしたが、「三味線が出来る」ということだけを武器に手にできた合格でした。

 

20代後半は三味線との距離に悩みながら、体当たりで「三味線の指導者としてどれだけ振れ幅の大きいことができるのか?」ということに挑戦した期間でした。

「世界青年の船」に参加し、「ディズニーワールドで働いていた」三味線の指導者は、日本広しといえどあまりいないのではないかな…?と思います。

 

 

今現在とブログの成り立ち

ブログは2015年にアメリカで働いた後、つまり帰国後に始めました。

帰国後は「自分の限界を決めずに、三味線をPR出来る活動なら頑張ってやってみよう!」とWebコラムに挑戦しました。(ninoyaブログさんで書かせていただいています。)

 

ちょうどアメリカのディズニーで働いていた時のこともブログにし始めるようになりました。何より、アメリカでの一年で、私は三味線ときちんと向き合えることができたのですから…。

そして、「三味線のこともコラムだけじゃなくもっと…もっと書きたい!」と思うようになり、このブログを始めることになりました。

 

私が最も思い入れのある記事はこれです。

これについてはずーーーーーっと考えていることですし、なんとかこの状況を打破したくてブログを始めたというのもあります。

 

 三味線や伝統芸能のブログやコラムってまだまだ少ないんじゃないかなあ…

しかもゆるーく語っているブログなんて皆無に等しいんじゃないか…?

そもそも”伝統芸能”に”ゆるい”という言葉が似つかわしくないよな…

…などなどと思い、三味線のこととか書いていきたいです。

 

 

これからやってみたいことは「可能性の追求」

かつて…いえ、今現在もそうですが、三味線を仕事にする方法は

  1. 演奏
  2. 指導

いずれのどちらかしかありません。

本当はもっと他にもあるのかもしれませんが、少なくとも私がお習いしてきたお師匠さまがたは、いずれのどれかでした。

特に女性は「演奏」よりも「指導」に特化している印象がありました。

 

私はというと、今までもずっとそれでやってきたのですけれど…それ以外の道もないものか?とずっと考えてきました。

 

「演奏」や「指導」以外に三味線が仕事になる方法はないだろうか?…これはアメリカにいる間や帰国後の今、特に考えていることです。

仕事…というよりかは、社会に何かしら影響を与えられる形、普及のための形を考えています。

 

もちろん「演奏」できる場所や機会の選択肢を増やすこと、そして「指導」のやり方を考えることを考えることも重要なことです。

今は「執筆」という形でアプローチも取っていますが、このブログもその一環です。

 

何かアイデアがありましたら、ぜひ皆さんに教えて頂きたいです!!

 

フットワークの軽いインドア派

趣味はこんなことをやっています。

  • 読書
  • 映画(特にホラーやゾンビ映画が好きです!!)
  • 旅行
  • 手紙
  • 月琴
  • 勝手に観光大使(勝手に高知を観光案内することです)

 

基本の性格はこんな感じ

  • コミュニケーションの基本はおばちゃん
  • 初対面の人と会うのは全く苦にならない
  • 筆まめで、手紙を書くのが好き
  • 似顔絵を書くのが好きです
  • 趣味にはお金を払うタイプ(唯一定期的に投資しないのが月琴です。好きでやってるだけです。)

 

私の名前の由来は芸名から

”花枝”は私の芸名です。リアルな芸名です。

 

ただ、苗字のキリューインは違っていまして…。

キリューインは漢字に直すと「鬼龍院」です。ご存知宮尾登美子の小説「鬼龍院花子の生涯」から取りました。(あ、ゴールデンボンバーの鬼龍院さんも好きですよ。)


(ちなみに「鬼龍院花子の生涯」は地元、高知が舞台であり、仲代達矢のデタラメで勢いだけの土佐弁がとても大好きな映画です。)

 

漢字だとすごく強そうなので、カタカナにしました。

 

 現在のリアルの活動は本当に”リアル”の活動です

私はアメリカのディズニーで働くまでは、数多くの「しがらみ」のようなものに囚われ、自分の思うように活動できませんでした。

帰国後はそのしがらみもだいぶ乗り越えられるようになり、三味線の仕事も個人的に受けられるようになりました。

 

一番上の項目にも書きましたが、仕事としての三味線は演奏と指導です。主に地元である高知県で活動しています。

ごく少人数の方々に三味線を教えたり、イベントで演奏したり、ブログ書いたり…。

そんな感じでゆるゆる活動しています。

 

お問い合わせ

Twitterからのメッセージからでもけっこうです。長文、もしくはメールの方がいいという方は

hanae.kiryuin#gmail.com

こちらまで!(#を@に変えてください。) >三味線の演奏や指導、お仕事の依頼もお受けしております。