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花枝の三味線ブログ〜小唄の師匠の日々〜

土佐の高知で三味線の演奏・指導をしている花枝のブログです

三味線を初心者にも、知らない人にも伝えるために出来ること

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公開日:2016年10月26日/更新日:2017年3月29日

 

こんにちは。

三味線弾き、花枝です。

 

今日は「三味線」という、すでに日本文化から遠く忘れ去られたマイナーな文化を普及させようというとき、大切なことってなんなのだろう?

 

ということを考えてみました。

 

名ガイドとの出会い

名ガイド、と呼ばれる人がいます。

旅先の遺跡や観光名所に於いて、お決まりの解説だけではなく、心までも一緒にその時代に誘ってくれるようなガイドさん。

国内ツアーだとそんな名ガイドさんに出会う確率は高いのかもしれませんが、海外ツアーだとなかなか難しいです。

 

私のたいして多くない海外ガイド旅行の記憶の中で、ダントツ一位の名ガイドは、中国の北京で出会った”ハクさん”です。

 

中国北京ツアーで出会ったハクさん

7年ほど前に、格安パックツアーで北京へ行きました。

 

オリンピックを終えた北京は空港も一新し、北京首都国際空港としてフル稼働していました。

2月の北京は極寒で、しかもその年は北京にしては珍しく積雪があった年でした。

その日もまだうっすらと雪が残っており、完全暖房の装いで空港に降り立ちました。

観光シーズンを外した格安パックツアーには、50〜70代のおじさまおばさまがたが40人ほどで参加しておりました。

 

ハクさんはそのツアーのガイドとして、空港のターミナルで私たちを待っていました。

ハクさんは”ちょっとヨン様に似ている”ような出で立ちで、歳を聞くと「30歳です。」と流暢な日本語で答えました。

 

中国ツアーのガイドさんのクオリティで群を抜いているハクさん

私の今までの中国のツアー経験歴は上海と香港が1回ずつ、そして北京も実は2回目のツアーでした。

今までのガイドさんは40代か50代。日本語もまあ、分かるけれど…時々意味不明になる…まあ、想定の範囲内といった、可もなく不可もないガイドさんが多かったように記憶しています。

 

そんな中、ハクさんは最初からもう飛び抜けていました。

バスから最初の観光地に向かうまで、大抵中国の首都である北京の概要説明を話すのですが、ハクさんは淀みのない日本語で北京の概要を流暢に話していました。

 

「まあ〜、あのガイドさん、なかなか日本語がお上手やねえ。」

と後ろのご婦人が言います。

なかなか上手、どころか非常にお上手だったのです、ハクさんの日本語。

 

北京の観光名所でも遺憾無く発揮される名ガイドっぷり

北京といえば万里の長城や紫禁城(故宮博物院とも言うが、私は紫禁城という呼び方が好きだ。)、天壇公園、明の十三陵…。

北京は本当に観光名所が多いところです。

 

どの観光名所でもハクさんはその流暢な日本語で私たちを驚かせ、楽しませてくれました。

それは観光名所の説明が正確だったり、ただ単に日本語が流れるように美しかったから、だけではなかったと思います。

 

ハクさんのは”現代に住む私たちの文化を当時の文化に置き換えて”説明するのが飛び抜けて巧かったのです。

 

一つ例をあげます。

明の十三陵に展示されている展示物はどれもレプリカ。ハクさんはそのレプリカを指し

 

「これはレプリカですが、”お宝鑑定団”に出品すると◯◯◯万円ほどの価値はつきますよ。」

 

この一言がすごいですよね。この一言で明の十三陵がいきなり茶の間に変わるマジック。

活字にするとどうしてもチープになるのですが、その一言でどれだけの印象が残るだろうか?また、明の時代に心を近く寄せられるだろうか?と私は思うのです。

 

どれだけ「相手の感覚に寄せられるか?」と考える

難しいことや、説明しにくいことを話すとき、

「これぐらい、分かるでしょ?」

という姿勢で話してしまうのは、よくあることです。

 

そのような、話を聞く人を突き放すような説明ではなく、少しでもその当時の文化の理解を深めるために、ハクさんは様々な例え話や現代の日本語を駆使していたと思います。 

 

私は三味線と付き合って何年にもなりますが、三味線は

まるで”外国の文化”のように扱わねば、現代にその面白みが伝わりにくいのではないかと思っています。

 

「これは三味線です!」

と言えば

「え?琴と一緒でしょ?」

と思われたり、たまにイメージが一緒になっている方がいます。

 

それを

「ケシカラン!ことと三味線を一緒にしているなんて、どうかしてる!」

と嘆くのではなく、

「なぜ琴とイメージが同化しているのか?

どうかしているのは私の方か?」

とひたすら考えて言葉に起こす。

 

これはちょっと外国人に日本文化を説明するのに似ているな、と思います。

 

私たちが400年前の日本にタイムスリップしたのなら…

三味線が生まれた400年前の日本にもし行ってみたならば…。

私たちはきっとそこでは外国人のように扱われるし、400年前の日本は私たちの知っている”日本”じゃないと思います。

そう、まるで外国です。

 

そんな400年前に興った文化を今に伝えようと思うんですから

「日本人なら、コレぐらいわかるでしょ?」

という態度や説明では、全く分からない人もいます。

 

「これは日本の伝統楽器ですよ。」

と三味線を見せられて

「そうだ!それが日本の文化だよ!!!」

とすぐに思えるほど、誰もが整った環境で育っているわけでもないでしょう。

 

そうなると、私ができることって何なんだろう…?

それは、言葉を尽くして理解してもらうことなのだと思います。

 

幸いにも私は文を書くのは苦ではないですし、誰かに何かを伝えることも大好きです。

400年前の文化を今の時代に「翻訳」するような気持ちで、伝えています。

 

★そういった地道な作業を怠ると、こういうことに…。 

www.hanae-chiritote.com

 

★ こういうところで寄稿記事を書いたりすることもやってみたりしています。 

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