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花の枝にもちりとてちん 〜三味線ブログ〜

三味線の師匠がイラストを描いたり三味線について語ったり様々な趣味に走っているブログです

三味線を言葉にするたびに湧き上がる「私は”外国人”なのだ」という感覚

三味線 三味線-雑記

名ガイド、と呼ばれる人がいる。

旅先の遺跡や観光名所に於いて、お決まりの解説だけではなく、心までも一緒にその時代に誘ってくれるようなガイドさんだ。国内ツアーだとそんな名ガイドさんに出会う確率は高いのかもしれないが、海外ツアーだとなかなか難しい。

私のたいして多くない海外ガイド旅行の記憶の中で、ダントツ一位の名ガイドは”ハクさん”だ。

 

7年ほど前に、格安パックツアーで北京へ行った。

オリンピックを終えた北京は空港も一新し、北京首都国際空港としてフル稼働していた。2月の北京は極寒で、しかもその年は北京にしては珍しく積雪があった年だった。その日もまだうっすらと雪が残っており、完全暖房の装いで空港に降り立った。

観光シーズンを外した格安パックツアーには、50〜70代のおじさまおばさまがたが40人ほどで参加していた。

 

ハクさんはそのツアーのガイドとして、空港のターミナルで私たちを待っていた。ハクさんは”ヨン様風な誰か”のような出で立ちで、歳を聞くと30歳だと流暢な日本語で答えた。

 

中国のツアーは上海と香港、そして北京も実は2回目のツアーだった。今までのガイドさんは40代か50代の、日本語もまあ、分かるけれど、想定の範囲内。といった、可もなく不可もないガイドさんが多かった。

 

ハクさんは最初からもう飛び抜けていた。

バスから最初の観光地に向かうまで、大抵中国の首都である北京の概要説明に費やされる。退屈な情報だが、ハクさんは淀みのない日本語でこれを語った。

「まあ、なかなか日本語がお上手やねえ。」

と後ろのご婦人が言う。

なかなかどころではない。非常にお上手だ、ハクさんの日本語は。

 

万里の長城、紫禁城(故宮博物院とも言うが、私は紫禁城という呼び方が好きだ。)、天壇公園、明の十三陵…北京は観光名所が多い。どの観光名所でもハクさんはその流暢な日本語で私たちを驚かせ、楽しませてくれた。

それは観光名所の説明が正確だったり、ただ単に日本語が流れるように美しかったからではない。ハクさんのは”現代に住む私たちの文化を当時の文化に置き換えて”説明するのが飛び抜けて巧かったのである。

 

一つ例をあげよう。明の十三陵に展示されている展示物はどれもレプリカである。そのレプリカを指し

「これはレプリカですが、”お宝鑑定団”に出品すると◯◯◯万円ほどの価値はつきますよ。」

と言うのだ。明の十三陵がいきなり茶の間に変わるマジックだ。活字にするとどうしてもチープになるが、その一言でどれだけの印象が残るだろうか?また、明の時代に心を近く寄せられるだろうか?

 

 

「これぐらい、分かるでしょ?」

というぞんざいな説明ではなく、少しでもその当時の文化の理解を深めるためにハクさんは様々な例え話や現代の日本語を駆使していた。

 

 

 

 

私は三味線と付き合って何年にもなりますが、三味線は「まるで外国の文化のように」扱わねば、現代にその面白みが伝わりにくいのではないかと思っています。

 

「三味線です!」

といって、

「え?琴と一緒でしょ?」

と思うのを「ケシカラン!どうかしてる!」と嘆くのではなく、「なぜ琴とイメージが同化しているのか?どうかしているのは私の方か?」とひたすら考えて言葉に起こす。これはちょっと外国人に日本文化を説明するのに似ていますよ。

 

三味線が生まれた400年前の日本に行ってご覧なさい。私たちはきっとそこでは外国人のように扱われるし、400年前の日本は私たちの知っている”日本”じゃない、まるで外国ですよ。その文化を今に伝えようと思うんですから、「日本人なら、コレわかるでしょ?」ではテンデ分からない人もいるし、何より説明がぞんざい過ぎやしない?

日本の伝統楽器だからといって「そうだ!」とすぐに思えるほど、アタマとココロが器用に出来ていればいいけど、そうでもないからどうすりゃいいかと考える。幸いにも私には使える言葉が幾つかあるから、それを必死こいて組みアワセています。

 

 

ハクさんのおかげで北京という首都に興味を持った私は、翌年「ちょっと近畿から中国地方へ行ってきます。」と両親と友人に告げ、一人で北京を訪れた。