花枝の三味線ブログ〜小唄の師匠は考えた〜

土佐の高知で三味線の演奏・指導をしている花枝のブログです

コミュニケーション能力はオバさんになるほど強くなると思う

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「花枝ちゃんって、オバチャンみたい!」

 

…と、私がアメリカで働いていた時に、同期から結構よく言われていました。オバチャンっぽいコミュニケーションってなんなんだろう…??

 

オバさんコミュニケーションの目安は「他人を思いっきり褒めれるかどうか」

「うわ…、こんなことを言ったら周りからドン引きされないかしら……?」

そういう気持ちがドンドンなくなる。それ、すなはちオバさん化である。

自分が他人にどう映るのかを気にしなくなる。すなはちオバさん化である。

他人や年下を人前で思いっきり褒める。それ、すなはちオバさん化である。

 

あまりにもオバさんオバさんと書くと、オバさんという文字がゲシュタルト崩壊を起こすので、この辺にしておきます。

 

ジブリの主人公なんて皆中身はオバちゃんでしょ

それにしても皆さん、オバさんのコミュ力の高さには驚かされると思いませんか?

というか、アニメに出てくるヒロインー…つまり可愛くてどんな年齢のどんな異性とでもどんな住む世界の違う人にでも”呼吸をするように”自然に接することができる。人によって態度を変えず、相手の懐に確実に入り込む。ジブリの主人公の女性が持っているようなあのスキル。

あれはね、40代ぐらいになった自意識こじらせていないオバさんの持つべきコミュ力なんだと思うんです。

 

しかもこの”他人からどう見られるのか”が一つの人生の指標になりつつあるこの世の中で、他人の目を気にせずに人と接することの難しさよ!

 

自分が他人にどう映るかを考えるのが若いコミュニケーション

”若い”ということは、”自分が他人にどう映るのかが、どうしても気になってしまう”ことなんじゃないかなと思います。

いろいろ経験を重ねたり、また若くしても自尊心を適度に持ちつつ育つと、”他人に映る自分”に無頓着になります。それは自分勝手とはまた違います。

自分勝手な人は実は”他人に映る自分”を過度に気にしていて、”自分勝手な私”に酔ってるだけだったりします。

 

しかも、驚くことに、「私この人にどう思われてるのかしら?」と思いながら他人と接すると、疲れるのは自分だけじゃないです。その接してる他人も疲れるんす。

 

驚異のオバさんコミュニケーションとの出会い

私がオバさんの持つコミュ力…いえ、コミュ力の高いオバさんの人類最強さを垣間見たのは、まだ20代になったばかりで身を投じた”料亭”の世界で、でした。

それは自分よりも40も年上の”お姐さん”だったのです。

”お姐さん”の相手を警戒させず、気持ちを持ち上げて、自虐とまではいかないぎりぎりのユーモアで笑わせ、下ネタもうまく乗りこなし不快にさせず、でも、気がつけば確実に相手の懐に心地よく潜り込むその妙技。

 

恐ろしくなると同時に畏敬の念さえ生まれました。最初はとても心地がよく、でもふと振り返ると、とても!

 

その”お姐さん”とは今でも良いお友達として、食事に行ったりもします。

一緒に働いた時間は5年にも満たないぐらいでしたが、”お姐さん”と接することで、「コミュ力の高いオバさんはどこでも生きていけるのだ」ということを実体験を以って学びました。

 

そう、コミュ力の高いオバさんは「相手を疲れさせない」のです。相手に自分がどう映るかは「相手の問題」として処理しているからです。

 

「あの人が私をどう思おうが、私にそれを知る術はないし、知ったところで変えられないわ。」

と、お姉さんはいつも自分と他人をうまく切り離しているんだと思います。

 

結局人は居心地の良い人と一緒にいる。

”お姐さん”といる時の心地好さの正体は、このお姐さんの心持ちにあったのではないかなと思います。

だって「この人私をどう思ってるんだろう?」という気持ちがあると、自由にふるまえませんよね。でも”お姐さん”はそんなことは微塵も思わないから、いつでも自然で余裕があるんです。余裕があるから、他人も受け入れられると思うのです。

 

よくある男女のあるあるで、「別に好きでもない異性にやたら好かれて、自分の好みの異性には振り向いてもらえないどころか都合の良い女(男)扱いされてしまう」というアレ。

この謎にも、きっとこのコミュニケーションが関わってきそうではないですか?

誰だって一緒にいて疲れる相手といたいと思わないですからね。